ビジネスの成功を左右する倫理的価値観:ロレアル社最高倫理責任者とのインタビュー




一般的に、各々が自分自身の行動の倫理的責任を取るべきだと考えられている。では個人が組織の一員となっている場合には、責任の所在はどこにあるのか。組織自体に倫理的責任を帰することはできるのだろうか。

大規模な組織では実績を上げるよう日々駆り立てられ、経営判断における倫理的側面にまで気が回らないのが実情である。しかし多くの企業は、不祥事に対して、国内のみならずグローバルなバリューチェーン全体の中でその責任を負うことを意識するようになっている。

組織としての倫理を積極的に構築し、企業の成功を左右する企業文化を醸成するチャンスだと捉える企業が増えている。関係と評判を強化するビジネス倫理は、長期的成功の鍵となるのか。CSRアジアはロレアル社の上級副社長で最高倫理責任者(Chief Ethics Officer)を務めるエマニュエル・ルーラン氏にインタビューを行った。

あなたは倫理規範をどう定義づけ、ロレアル社ではいかに体系立てましたか。

倫理規範とは、企業の事業展開と組織内での社員の行動の観点から、自らを律する原則であると定義づけられます。ロレアル社では2000年から積極的に取り組み、2007年には他社に先駆けて倫理綱領を策定し、最高倫理責任者を任命しました。

我が社は「誠実さ」、「尊重」、「勇気」そして「透明性」という4つの倫理原則を掲げています。ロレアル社の全社員が理解し、国を問わず日々の業務で遂行することが求められています。例えば信頼関係を築き、維持するには誠実な行動が不可欠です。当社の行動が多くの人々の暮らしに影響を及ぼすため、尊重する必要があります。倫理的課題は困難であるがゆえに、勇気を持って取り組まなければなりません。当社では透明性があらゆる活動やコミュニケーション、ステークホルダーとの関係に影響する鍵であるとし、正直かつ誠実であり続け、自らの決断を正当化する上で非常に重要だと考えます。

倫理規範とコンプライアンス(法令遵守)はどこが違うのでしょうか。

倫理規範とは、コンプライアンスからさらに踏み込み、誠実さに根差した企業文化を創り出すことです。加速化するイノベーションにより、絶え間なく新たな倫理的課題が浮き彫りになっています。法規制ができるまで待っていては追いつかない速度なのです。法令遵守だけでは手薄になってしまう場合、企業自らが積極的に倫理規範を策定することが重要となるのです。またコンプライアンスに先行するのが論理規範です。多くの場合、倫理観を巡る話し合いを発端に、後に法規制という形になるのです。例えば消費者データに関する議論から、データの機密性・保護の法規制が策定されました。

誠実さや透明性のない企業がリスクに晒される一方、倫理原則がはっきりしている企業が信頼を勝ち得るとの理解が多くの企業の間で広がり始めています。信頼が最大の競争優位をもたらすのです。倫理に注力することは大きな投資ですが、変化を進めるには時間がかかります。法規制を遵守することに注力するようなコンプライアンス・ベースの倫理プログラムの構築を急ぐ企業は、往々にして倫理的な企業文化を確立することができません。ここ数年に起きた企業の大きな不祥事を見ると、これらの企業の多くはすでに厳格なコンプライアンス制度を導入しています。しかしその企業の一人ひとりが常に倫理的な選択をすることを確実にするものではありませんでした。

倫理的な企業文化をロレアル社ではどのように創り出したのでしょうか。

10年前に取り組みを始めた時、社員が懸念を抱いていることを率直に話し、経営サイドは耳を傾けるという、風通しの良い環境を整えることを最優先にしました。多くの国では、自らの意見を述べたり、不当な要求や行動を報告したりするよう教育されていないため、このような環境を整えることが、いまだに非常に難しいのが現状です。

最高倫理責任者として、私は74名の倫理担当者のネットワークを統括しています。彼らはカントリー・マネージャーがロレアルの倫理プログラムを推進する上でサポートをしています。毎年、このネットワークは強化され、すべての社員は地域の担当者へのアクセスが確保されています。カントリー・マネージャーは管轄する国での倫理綱領の遵守を任されています。さらに毎年、倫理の日を全社員と共に開催しています。倫理に関する質問をジャン・ポール・アゴン会長・最高経営責任者に直接投げかけるよう呼びかけています。今年は世界各国の社員から5,700件を超える質問が寄せられました。

具体的にどのような質問が寄せられましたか。

倫理の日を始めた当初は、給与や手当、勤務時間、時にはハラスメントや経営手法など人事に関する質問がメインでした。個人的な問題に関するトピックが度々聞かれました。この数年、組織的な倫理に関するトピックが増え、経営や事業の展開方法などの質問が寄せられています。例えば、商品開発や、ビジネスを展開する市場、多様性に関する質問などです。当社にとって倫理とは、マーケティングから人事、財務まで、社内の全部署挙げての取組みであり、これらの質問は大変重要かつ有効です。あらゆるステークホルダーが積極的に関わり、例えば調達部では、当社の倫理綱領に基づいてサプライヤーに対して定期的に監査を行っています。

[ロレアル・シンガポールで倫理について話し合う社員]

この倫理的な企業文化を社外まで広げることはできますか。

はい、われわれは社外での変化を推し進めることを目指しています。自らの価値観に真摯にコミットするには、同じ価値観を共有する取引先やサプライヤーを選ぶことは当然です。時間をかけて企業文化を伝えていくことは可能ですが、それにはその価値観に心から賛同する必要があります。またトップレベルから取りかかる必要があります。ロレアル社が倫理プログラムで成功しているとしたら、それは上層部が真摯にコミットし、さらに企業一丸となって信念を持って取り組んでいるからです。つまり信頼性が成功の鍵となるのです。倫理について経営陣が声をあげるだけでなく、有言実行することが不可欠なのです。

どのように進捗状況をモニターし、成功を測定するのですか。

ロレアル社の倫理プログラムは大きく3段階に分けて展開しています。第1段階は倫理的リスク分析と評価のツールや各国報告システム、定期的監査などの運営およびモニタリングシステムです。倫理に真摯にコミットした結果、一般の人々や投資家、NGOから注目されるようになりました。このため測定可能な方法で、進捗状況を外部のステークホルダーに報告する必要があります。例えば当社ではトップおよび経営陣レベルで、いかに倫理的な企業文化の促進に個人としても取り組んでいるかを測定しています。全役員が倫理に関するKPI(主要業績評価指標)を持っています。取締役会および執行委員会では、財務実績と同じように倫理面での進捗状況を精査します。第2段階は全社員の取組みを働きかける意識啓発とエンゲージメント、さらに第3段階として「オープン・トーク」方針である対話と透明性の文化の推進が挙げられます。

ロレアル社の倫理原則はアジアでも受け入れられますか、あるいはローカライズする必要がありますか。

我々の原則は普遍的ですが、伝統的な価値観と現代的な価値観が対立する国もあるでしょう。われわれはまず全世界的に倫理基準に足並みを揃えた上で、それぞれの国により状況や課題が違うことを加味して、各地域で価値観や優先順位について話し合っています。我々の取組みが正しい方向に向かっているかを確認する優良事例があまりないことが難点です。それぞれの取組みから日々学ぶ歩みを続けています。

今年、私は事業を展開している各国を回り、倫理に関する具体的な課題について役員会と話し合っています。ビッグデータや責任ある調達、トランスヒューマニズム(超人間主義)など将来的な課題を整理し、対策を打ち、解決に繋がるからです。人権は文化や伝統の違いを超える普遍的価値です。今年、当社は人権方針を策定し、コミットメントを実践に移す重要性を示す大きな一歩を踏み出しました。例えば天然素材の選定にあたり人権を考慮しています。当社の研究・イノベーションチームは、これらの素材を生産している地元の人々が、土地や天然資源へのアクセスを持ち、伝統的な知識を尊重していることを確認する必要があります。

楽観視していますか。

はい、先行きは明るいと思います。倫理規範は企業価値を高めると同時に、差別化とイノベーションに繋がります。どの企業にも生来的に備わっているものではありません。時間をかけ、真摯に取り組むことで倫理規範を確立することができると思います。


エマニュエル・ルーラン氏は1988年にパリ弁護士会の会員となり、企業法務や税法の弁護士としてパリとニューヨークのデビボイス&プリンプトンLLPにて活躍した。1999年にロレアルグループ人事本部の総合弁護士として招聘され、2007年にジャン・ポール・アゴンCEOの指揮のもと、新規に設けられた最高倫理責任者に就任した。

ロレアル社は事業全般に倫理綱領を組み込み、世界を先駆ける取組みを目指している。2017年にエシスフィア・インスティチュートが選出する「世界で最も倫理的な企業」に8度目の入賞を果たした。

執筆:イザベル・モリン