シンガポールの移住労働者が直面している賃金問題




シンガポールでは多くの企業が、移住労働者はサステナビリティを左右するマテリアル(需要)な課題であると認識している。2016年6月時点で、シンガポールの人口560万人のうち、就労許可書をもつ外国人が約140万人を占め、その中で約半数の772,200人が建設・海運・製造・加工・サービス業に従事する低賃金労働者であった。移住労働者の課題を重要だと認識しながらも、問題点はどこなのか、さらに企業が展開している対応策については多く語られていない。

シンガポールを拠点に移住労働者を支援するNGOのHOME(Humanitarian Organization for Migration Economics)は、今年初めに報告書(released a report)を発行し、同国で移住労働者が直面している賃金の課題について分析を行った。企業はこのような報告書を活用し、サステナビリティの課題を見抜き、より広いステークホルダ・エンゲージメントの一環として捉えて考察すべきである。企業側がサプライチェーンのどこに移住労働者が存在しているか、さらに直面している課題を特定することを手助けする内容となっている。

HOMEが手がけてきた移住労働者の事例、他のNGOの報告書や記事、学術論文、マスコミ報道、さらに議会でのスピーチや政府機関が発行したプレスリリースなどの公文書をベースに本報告書は作成された。建設業や海運業に携わる労働許可書(WP)を持つ男性にフォーカスをあてているが、その他のセクターからも事例を紹介している。

報告書が指摘しているように、雇用を取り巻く背景が重要である。シンガポールの入国管理法は、WPを持つ労働者および雇用主に対していくつかの制限や規制を設けている。ワークパス制度が規定するように、WP保持者は自由に雇用主を変えることができず、保証金を負担している雇用主からのWPによって同国での法的資格が確保されている。このために転職の可能性は限られ、雇用主に依存することになり、結果的に労働者は失業を恐れて権利を主張したり、雇用主に対して訴えを起こしたりすることが難しくなっている。シンガポールで就労するチャンスをねらい、移住労働者の多くは3,000~15,000シンガポールドル(約20万円~に120万円相当)の採用手数料を支払っている。労働者の国籍や職種、シンガポールでの過去の就労経験の有無により採用手数料の額は異なっている。

シンガポールに渡った労働者をさまざまな問題が待ち受けている。家族から引き離され、シンガポールの言葉や文化、風習についての知識も限られている。HOMEの報告書ではシンガポールで移住労働者が直面する賃金の問題について分析している。以下に各項目の要旨をまとめた。

賃金の不払い:

賃金の不払い・支払い遅延: 労働者からHOMEに問い合わせてきたうち、51.4%が賃金の不払いや不足に対する支援を求めたものであった。一般的な手口として賃金からの天引きが挙げられる。これは労働者が退職する場合に、雇用主が賃金を没収するか、大幅な減給を行うためである。

賃金の過少支払い:国籍を問わず、労働者の37%が、規定された超過勤務手当の支払いを受けていないか、平日で8時間目から支払われるべき手当を10時間目以降しか支払われていないのが実態であった。労働者の30.5%は雇用主からの求めに従い、休日にフルタイム勤務したにも関わらず、規定である基本給の2倍の額を支払うということが守られていなかった。HOMEが調査した労働者の大多数、推定で10人のうち9人には有給休暇が与えられていない。

一方的な所得控除:HOMEに問い合わせてきた労働者の26%は、雇用主が無断で所得控除を行っている実態を明かした。典型的な手口として、外国人労働者雇用税や労働許可証の更新、斡旋業者への手数料、保険掛金、契約違反、安全対策と「貯蓄」のためと称する控除である。外国人労働者雇用法は、雇用主が移住労働者の雇用やWP更新の見返りとして受け取る「キックバック」を違法だと規定している。しかしながら、雇用主はWPの期限が迫る直前に更新の見返りとして1,000~2,000シンガポールドル(8万円~16万円に相当)を要求するなど、依然として横行している。

賃金の改ざん

賃金の支払い方法の透明性が確保されていない。2015~2016年に支援を求めた中国からの建設作業員の90%が、超過勤務手当や休日・祝日を返上しての勤務に対して、正当な支払いを受けているか確信がもてないという実態がわかった。HOMEはこれまでの調査から、建設作業員の超過勤務に対して、雇用法が規定している出来高払いを守っていない雇用主が9割にのぼると推定している。賃金の算出方法を説明するよう求められると、雇用主の多くは難解な説明で煙に巻いてみたり、労働者の勤務態度や仕事の質といった主観的な基準や不明瞭な式をベースとする複数の賃金レートを持ち出してくるのだ。

採用や契約を巡る虚偽

20%にのぼる労働者が、シンガポールで受け取る給与に関して雇用主や斡旋業者から「騙された」と報告した。口約束で、実態より高い給与と労働条件を提示された者が多い。外国人労働者をシンガポールに入国させる際に必要とされる仮労働許可書(IPAs)で規定された給与に満たず、母国語以外の言語で書かれた契約書へのサインを強要された者もいた。

さらに移住労働者の11%がシンガポールでの変則的労働に従事させられたと報告した。騙されて、同業他社での勤務や、多業種の職務に従事しているのだ。違法な勤務形態のため、賃金の不払いが生じた場合でも正当な支払いを要求できないなど、労働者はさらに弱い立場に追い込まれてしまう。また「不法就労」のかどで逮捕・告発される危険性もはらんでいる。

賃金レベルの低下

1990年代初め、バングラデシュからの建設作業員には日給17~19シンガポールドル(1360円~1515円に相当)が支払われていた。それから25年以上経つが、2017年でも初任給のレベルは変わっていない。

賃金差別

中国人の建設作業員の時間給は、同じ業務内容に従事しているバングラデシュ人の2倍である。一方で、バングラデシュ人の清掃員は地元清掃員と比べ、より長時間勤務し、骨の折れる清掃作業にあたっているにもかかわらず、受け取る賃金は半分である。このような国籍や民族の違いにより、同じ(場合によっては、よりきつい)業務につきながら給与を抑えられてしまう賃金差別が、産業界全体に根づいているようだ。

シンガポールにおける低賃金の移住労働者が直面している問題は多岐にわたり、根深いものである。本報告書の中では問題点をカテゴリーに分けて整理しているが、HOMEに支援を求めて来る多くの労働者は、賃金を巡る窃盗や搾取など、複数の問題を抱えていることが常である。数か月にわたる賃金の不払いや不足、さらに雇用期間を通しての一方的な控除などである。キックバックを要求されることもあり、項目ごとの給与明細書や雇用契約のコピー、タイムカードが支給されないことも多い。移住労働者が正式な支払い請求にこぎつけた場合でも、証拠書類が揃わず、その内容も虚偽と矛盾しているために苦慮することになる。一方で調停に向けたプロセスは、一貫性と透明性を犠牲にし、素早い和解を優先させている。訴えが労働裁判所にたどりつき、労働者側が勝訴した場合でも、裁判所の命令を強く求めることができないなど、違う問題を抱えることになる。

ここで挙げられたさまざまな問題点は、世界各国の移住労働者に共通している。さらに強調すべきは、ここでは賃金に関する問題点のみを挙げたが、それ以外にも多くの問題が山積していることだ。サステナビリティの課題に共通するように、賃金を巡る問題においても透明性の問題が根底にあるのだ。労働者は採用や手当に関して、契約内容や条件を知らされていない場合が多い。本報告書にはシンガポール当局に向けての勧告案が示されている。先日HOMEが発行した別の報告書(Another recent HOME report)では、移住労働者の送り出し国であるバングラデシュ政府に対して、取りうる防御策について勧告案を列挙している。

企業にとって教訓となる点が複数ある。本報告書では、移住労働者の賃金問題が発生しやすい主な産業を特定している。当局側でもすでに対策が必要な業界を特定している。2012年以来、シンガポール政府は飲食料品・小売・警備保障・清掃・サービス業を対象にワークライト・キャンペーン(WorkRight campaign)を展開し、企業が対策を取るよう図っている。HOMEの報告書では、対象業界を広げ、少なくとも建設業と海運業を含めるべきだと提言している。これらの業界を含め、サプライチェーンに移住労働者を抱える企業にとり、問題点を理解し、対策を練ることはサステナビリティを左右する重要な課題である。

移住労働者が直面している問題はシンガポールに限ったことではなく、世界規模で事業を展開している大企業の多くが、企業として人権を尊重する義務を理解するにつれ、取り組みに乗り出している。企業が目指すべき点は以下の通りである:

  • 低賃金の外国人労働者を採用・雇用する際、不当な扱いにより、酷使される可能性や特有のリスクについてスタッフを啓発する。
  • サプライチェーンの評価を行い、事業およびサプライチェーンのどこに低賃金の移住労働者が存在しているのか、特に人材ブローカーや斡旋業者の役割を理解する。
  • 低賃金の移住労働者の待遇について行動基準を策定する。この中で、すべての労働者に平等な権利を与え、人材斡旋業者に対して認定の基準もしくは各社の行動基準の最低要件を満たすよう規定する。
  • 行動基準の遵守について調査・評価する。
  • 国際移住機関が推進する倫理的採用に向けたIRISプログラム(International Recruitment Integrity System)や国際的な認定プログラムであるclearview、フィリピン海外雇用庁管轄の海外人材派遣プログラムのFair Hiring Initiativeなどの取組みと協働して、問題の解決を図っていく。

HOMEの報告書全文のダウンロードはこちらhere。シンガポール政府のワークライト・キャンペーンのダウンロードはこちらhere。詳細はエリン・ライオンelyon@csr-asia.comまで。

執筆:エリン・ライオン